鋼の錬金術師
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鋼の錬金術師 NO.3
街は活気づいていた。賑やかな声の中を、エルリック兄弟は闊歩する。エドワードが大股で歩くものだから、アルフォンスは後を追うのに必死だ。
「本当にいいの?兄さん」
ようやく鎧のエドワードの横についた。アルフォンスは兄を見上げ、不安な表情を浮かべる。
『何がだ?』
腹の虫が収まらないエドワードは、弟に視線を向けることなく歩き続ける。
「あんな啖呵切っちゃって・・・」
マスタングにからかわれ、キレたエドワードはアルフォンスを連れて、しっかり荷物を持ち街に飛び出したのだ。子供の家出と大差無い行為である。
「大佐に協力してもらえば、僕達の魂を元に戻す方法もわかったかもしれないんだよ」
『んなもん、とっくに検討ついてらぁ!』
予想外の兄の発言に、アルフォンスは足を止める。
「え・・・?」
『昨日、俺が屋根から落ちたろ? 落ちる瞬間に、偶然練成陣を作っちまったんだ』
アルフォンスは昨晩の捕り物を思い出す。そういえば、炸裂弾の不意打ちをくらったエドワードが空中で受身を取ろうと体勢を変えた時、ほんの一瞬だったが彼の両手が合わさった気がする。
『お前にぶつかった瞬間、そのエネルギーが暴走しちまったみたいなんだ』
アルフォンスは自分が兄と共に眩い練成反応の光に包まれた記憶を引き出す。
「・・・それじゃあ・・・」
『そう、細かい理論の解明はこれからだけど、その時俺の魂はアルの体に。で、アルの魂は俺の体に定着しちまったみたいなんだ』
「・・・そんな事あるんだぁ・・・」
錬金術にはまだ未知なる部分が多い。それは兄弟の最終目的である『賢者の石』の練成も同じ事だった。
何より、自分がこの事態にただ驚いてばかりの間に、兄はもう冷静に物事を考察していたかと思うと頭が上がらない。
「それで、兄さん。これからどうするの?」
『決まってる。まずは――』
理論を突き詰めて元に戻るための練成方法を探し出す。アルフォンスは言葉の先を読んだが外れた。
『――この体を楽しむ!折角の他人を見下ろせる体なんだからな!』
エドワードは高笑いする。
「・・・兄さん・・・?」
兄は弟の発言など無視して、鋼の鎧で左腕を握った。
『行くぞ!アル!』
「ちょっ・・・兄さん!」
行く先も知らされないまま、小柄になったアルフォンスは、巨体に引きずられた。
入ったのは町の一角にある小さな料理屋。
目の前にあるのは、湯気の立つクリームシチューが一皿。
「・・・これって・・・」
『何ボサッとしてんだ?冷めないうちに食えよ』
向かいに座る大きな鎧が、小さなスプーンを差し出す。
『五年ぶりの味だぜ』
人体練成という禁忌を犯したアルフォンスの体は失われた
。
その後、兄エドワードによって、アルフォンスの魂は大きな鎧に定着されたが、以来、アルフォンスは痛みや疲れを感じなくなり、寝る事も食べる事も出来ない。魂だけがこの世に存在していた。
そんなアルフォンスが偶然とは言え、生身の体に戻る事が出来たのだ。
少しでも人間らしい感覚を感じさせてやりたい。
アルフォンスはスプーンを、同時に兄の厚意も受け取った。
機械鎧の右手でスプーンを持ち、兄の体を借りて味わう。
「・・・おいしい」
アルフォンスは呟く。鎧のエドが笑ったように見えた。
『やっぱ、シチューを発明した人は偉大だな!』
「兄さん、前も同じ事言ってなかったけ?」
『・・・そうだったか?』
それはまだ、二人が家で暮らしていた時の話。
『しかし、アルはすげぇや』
木製の円形テーブルに肘を付き、エドワードが呟く。
「・・・何?突然・・・」
シチューの味を噛みしめていたアルフォンスは、兄を見上げた。
『自分が食いたいのに食えずに、他人が食っているの見るのって、こんなに辛いもんだとは思わなかったよ・・・』
鎧は溜息をつく。
「・・・僕の気持ち、少しはわかった?」
アルフォンスは笑った。
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