鋼の錬金術師
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鋼の錬金術師 NO.2
アルフォンスが目を覚ました時、目の前には東方司令部のリザ・ホークアイ中尉の顔があった。彼女がいると言う事は、ここは東方司令部の本部のようだ。
「・・・気が付いたのね・・・・・・・・・アルフォンス君」
ホークアイは普段あまり感情を露わにすることは無い。だが、そんな彼女が珍しく何事かに動揺しているようだ。
「はい」
返事と共にアルフォンスは頷く。
「・・・?」
だが、何かがいつもと違った。
不思議な感触があるのだ。
「あの・・・中尉・・・」
「何?・・・アルフォンス・・・君」
兄と自分を包んだ突然の練成反応。その後、ここで目を覚ますまでの記憶がすっ飛んでいた。
何があったのか。一部始終を聞こうと思った時、あてがわれた部屋の外からよく聞き慣れた鎧の足音が近づいてきた。
「・・・この音・・・!」
同じだ。自分の足音と。
思考が混乱しかけた時、部屋のドアが開いた。
『よう、アル。気が付いたか』
「体の調子はどうだい?・・・アルフォンス君」
アルフォンスは言葉を失った。
鎧の足音にかき消され聞こえなかったが訪問者は二人いた。
一人は、一緒に居るホークアイ中尉の上司、ロイ・マスタング大佐だ。
彼もまた、眉をひそめ普段と様子が違う。その原因がもう一人の訪問者だった。
目の前で、右手を振りかざして軽やかに挨拶をしているのは自分。
厳つい鎧のアルフォンス・エルリックだった。
「・・・僕が二人・・・?」
『違う、違う。ほら』
混乱しているアルフォンスの前に、対峙するアルフォンスが、おそらくは練成したであろう全身が映る大きさの鏡を立てる。
「・・・嘘!」
アルフォンスはベッドから跳ね起き、鏡に近づく。
目の前の鏡に映っている人物は鎧姿の見慣れた自分ではなかった。
三つ網がされた金髪。金目に黒い服。
間違いなく兄であるエドワード・エルリックそのものだった。
アルフォンスが左手で頬を触ると、鏡の中に映るエドワードは生身(・・)の(・)右手(・・・)で動作を真似る。
「・・・・・・・・・」
信じられないアルフォンスは、そのまま頬をつねった。
「痛い!」
皮膚への痛み。それはずっと昔にアルフォンスが失った感覚だった。
『コラ、俺の体だ!大事に扱え!』
はるか頭上から響く、くぐもった声を見上げる。
「・・・まさか、兄さん?」
鎧は頷いた。疑問が確信に変わる。
「じゃあ、この姿!」
こんな事あるんだ。アルフォンスは再び視線を鏡に移す。
・・・今の自分と向き合うために。
マスタング大佐とホークアイ中尉。そして、エドワードの姿をしたアルフォンスと、アルフォンスの姿をしたエドワードは、ゆっくりと話の出来る場所へと移動した。
マスタングの執務机を囲むように、ぎっしりと資料が詰まった本棚が並んだその部屋を、エルリック兄弟は何度も目にしていた。
だが、体の違う今の状況では見える光景全てが新鮮だった。
定位置にマスタング。用意された皮製の高級そうなソファーにエドワードとアルフォンスが座る。
「・・・余裕だな。鋼の」
マスタングはエドワードの二つ名を呼ぶ。
会話が進む中、ホークアイが湯気の立つティーカップを二つ乗せたお盆を運んできた。
『何がだよ。大佐』
一つはマスタングの前。もう一つはエドワード姿のアルフォンスの前に置く。そして、彼女はマスタングの傍に控えた。
「君も弟のように動揺の一つでも見せたらどうだね?」
鎧の大男になったエドワードは機嫌が良さそうだ。待ってましたとばかりに立ち上がる。
『いやーっ、こんな形とはいえ、大佐を見下せる時が来るとは思ってもみませんでしたからねぇーっ』
「見下(みお)ろせる」をワザと「見下(みくだ)せる」と言ったエドワードの魂胆は、十五歳という年の割りに低い身長を、普段「豆」だの「チビ」だの散々言われている事への復讐なのかもしれない。
だが、マスタングは常にエルリック兄弟の一歩、いや数歩上を行く。
「・・・それはおめでとう。念願が叶ったようで、なによりだ」
愛想笑いを浮かべ、マスタングは皮肉たっぷりに返した。
それが、エドワードの勘に触った。先ほどまでの機嫌のよさはどこかに吹き飛び、とたんに臨戦態勢に入った。
『んだぁ!やる気かこのヤロウ!』
短気なエドワードはその図体を頭に入れず、マスタングに襲いかかろうとする。
「ダメだよ兄さん!その体でいつもみたいに暴れたら・・・」
アルフォンスは鎧の腕を掴み、兄の暴走を静止させた。
『あっ・・・いけねぇ・・・』
アルフォンスの指摘通りだ。この体でタックルなんかしたものなら、マスタング大佐は最悪の場合、窓を突き破って大空を旅しているかもしれない。
「心配する事は無い、アルフォンス君。激高した相手の攻撃ほど読みやすいものはない」
その発言がまた、エドワードの逆鱗に触れる。
「あっ・・・あのぉ!結局あの泥棒はどうなったんですか?」
なんとか話題を変えないと。
アルフォンスは必死にマスタングに質問を投げかける。
「その事なら大丈夫よ」
事態を傍観していたホークアイが会話に参加する。
「エドワード君の錬金術で身動きが取れなくなっていた所を、駆けつけた軍が確保したわ」
それを聞いたアルフォンスは安堵のため息をつく。
「・・・そうですか。良かったぁ・・・」
「全く。馬鹿なコソ泥もいたものだ。私の管轄内で盗みを働くとはな」
エルリック兄弟がイーストシティに到着したその夜、例の大男が事もあろうに軍の施設に侵入したのだ。金目の物と思い込んで、未整理の書類の詰まったカバンを盗み出したのである。
前日に徹夜したエドワードは宿で熟睡していたが、大男が逃げる騒ぎで目を覚ましてしまった。持ち前の短気な性格で、エドワードはその騒ぎの元凶をぶちのめし・・・いや、捕えに。アルフォンスはそれについて行ったのだ。
「でも、捕まって本当に良かったです」
アルフォンスは満面の笑みで率直な感想を述べる。
その瞬間、マスタングは右の手で口元を抑え、肩を震わし始めた。
『おい、こら!何笑ってやがる!』
エドワードにとってマスタングの態度がいちいち気に障るようだ。再度、臨戦態勢に入る。
確認しておくが、今のアルフォンスはエドワードの体、顔なのだ。つまり、アルフォンスの満面の笑みは、表面的には普段小生意気なエドワードが満面の笑みを浮かべている事になる。
「・・・どうだ?見世物として当分このままでいる気はないか?」
笑い声を押し殺しながら、マスタングが毒のある助言をした。
『・・・・・・このっ!』
エドワードの堪忍袋の緒が切れた。
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