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鋼の錬金術師 NO.1




 


イーストシティの空には満月が浮んでいる。昼間は賑やかな街の中央部も夜になると顔を変える。今夜も穏やかで静かな夜・・・
「待ちやがれ!」
・・・のはずだったが、威勢の良い少年の声がそれをぶち壊した。
それだけではない、街のあちらこちらに軍服を着た人々が石畳を慌しく闊歩する。
今日は実に賑やかだった。
月明かりに照らされて大小人影が二つ。先頭を行く人影は、大きな体からは想像もつかない軽快なフットワークで、次々と屋根を飛び越えていく。
「・・くっ・・・しつけぇな!」
大男は自分の計画通りに事が運ばず舌打ちした。そして、足を止めずに自分を追う者との距離を確認するために振り返る。
追っているのは、赤いコートを羽織った金髪金目の小柄な少年。彼もまた負けず劣らずの素早っこさで屋根を飛び越え、大男にくらいつく。
「アル!東に回れ!」
少年は石畳の路地裏にいる大鎧の人物に叫んだ。
『了解、兄さん!』
アルと呼ばれた大鎧は、その厳つい姿とは大分かけ離れた愛らしい声を鎧から響かせる。少年と彼の口ぶりから察するに、どうやら金髪金目の少年の弟らしい。
鎧が大きな音を立てる。彼は兄である少年が指示した通り、裏路地を使って大男の東側に回りこんだ。
「へっ、ばーか!」
東の進路がふさがれているなら西に逃げるまでだ。屋根の上の大男は右に進路を変える。
そんな大男の行動を見た少年は、自身が生み出す風に金髪の三つ網を揺らし、ニヤリと笑った。
「・・・かかったな」
呟くと、少年は左右の掌を胸の前に合わせた。
乾いた音が夜の空気を揺らす。
「?」
大男は少年の行動の意味が解からず首をかしげる。
「行っけぇーっ!」
少年が合わせ終えた両腕を屋根に当てる。
すると足元の屋根瓦が、眩い光を放ち宙に浮く。屋根瓦は粘土のように結付き、融合し、巨大な針とも棒とも例えられる無数の物体に形を変えた。
無数の物体はうねり、大男に向かっていく。
「・・・なあっ!」
顎が外れるほどに口を広げ、大男は驚きの表情を見せた。
それと同時に、大男は逃げる間も無くうねる物体に絡め獲られ、動きを封じられる。
「くそっ!取れねぇ!」
大男はもがくが、物体は動くのをやめて素焼きの塊に戻った。
「へっ、手間かけさせやがって!」
大男の前に摩訶不思議なショーを見せた少年が立ちはだかる。
「テメエ・・・何しやがった!」
こめかみに青筋を浮べ、男は喚き散らす。
『・・・あっちか』
大男の声を聞き、アルも彼が捕まった屋根が見える路地に動いた。満月に照らされて、屋根の上では大男と少年が対峙する姿が、アルの瞳に映った。
「・・・何?おっさん知らないの?」
勝者である少年は、自信満々に言う。
「錬金術だぜ」
錬金術は普通、練成陣を用いて物質から別の物を作り出す。だが、少年はその練成陣無しに練成をしたのだ。大男はそれに驚いているのである。
「・・・何だ・・・?何なんだテメェ!」
「――エドワード・エルリック」
少年が自身の名を口にする。
「!」
大男の表情が変わった。
「・・・国家錬金術師、エドワード・エルリック・・・鋼の錬金術師・・・」
国家錬金術師は二つ名を持つ。少年ことエドワード・エルリックの二つ名は大男が示す通り、『鋼』である。
「やっぱ俺って有名人なんだなぁ」
エドワードは慣れた態度である。
「相手が悪かったな。おっさん」
大男は観念した様子でうなだれた。
「アル!終ったぞ!」
エドワードは弟のアルことアルフォンス・エルリックに声をかける。
その一瞬の油断―大男は諦めていなかった。
物質に固められた体の中で、唯一自由の利いた左手に銃を構える。
その姿を見たアルフォンスは、とっさに叫んだ。
『兄さん、後ろ!』
エドワードは素早く右腕を前に構える。
鋼という、彼の二つ名は右腕と左足の機械(オート)鎧(メイル)に由来する。
だが、右腕の機械鎧は銃弾を防げても、その衝撃までは防ぎきれなかった。
「うわぁっ!」
ただの銃弾だと甘く見ていたエドワードの体は、着弾した炸裂弾の衝撃で宙に浮いた。
ざまあみろ。大男の笑い声がこだまする。
『兄さん!』
アルフォンスは落下するエドワードを追う。
二人が接触した瞬間、
『え・・・』
先程と同じ光が二人を包み込む。
「なっ・・・!」
何故、練成反応が起こったのか。二人には全くわからなかった。


 

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